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[36] 近江の玉類について 投稿者:渡邉 投稿日:2016/05/07(Sat) 14:40  

ヒロさん、返信ありがとうございます。
野洲川下流域の遺跡などに関連しまして、弥生中期後半頃から近江、木津川、大和の南北地帯が緩やかな連合体をつくっていたとするアイデアを抱いているのですが、そのアイデアの中核が勾玉などの玉類の扱い方と墓制なのです。それで下鈎遺跡出土の勾玉など玉類がどのような場所で出土したのか確認しかったということであります。
ヒロさんのご指摘では、守山市周辺の弥生遺跡から多くの玉製品が見つかっているとのことですが、これまでに承知しておりますのは草津市烏丸崎遺跡出土の玉類だけでした。このほかにも弥生中期から終末期までの玉類出土遺跡がございましたら是非お知らせいただきたく思います(古墳時代になりますと近江、木津川、大和でも玉類が墓に副葬されるようになりますので古墳時代の玉類出土は一応除外しております)。





[35] Re:[34] 勾玉の場所について 投稿者:ヒロ 投稿日:2016/05/06(Fri) 08:46  

渡邉さま
本ホームページをご覧いただき、ゲストブックへの投稿もしていただきましたこと、
ありがとうございます。
ホームページ管理人のヒロと申します。

渡邉さまが書かれました推測は大変興味深いものです。
勾玉や玉製品は守山市周辺の多くの弥生遺跡から見つかっており、
どのように祀られ、祈られたのか関心があります。
しかし、遺物と出土状況からはどのような祀りで、何を祈ったのかは
判断が付きません(考古学者の言)。
本ホームページは、事実とそこから容易に推測できること、
すなわち、学術的にしっかりしたことを発信する方針ですので、
なかなか思いを飛ばすことができません。
祭祀用の木偶や祭祀用の手焙り土器なども出土しており、個人的には
いろいろ思いを巡らせていますが、ホームページには書いておりません。

これからも、いろいろな見方を投稿していただければ幸いです。




[34] 勾玉の場所について 投稿者:渡邉 投稿日:2016/05/02(Mon) 16:31  

かずちゃん、返信ありがとうございます。
勾玉などが出土した場所について、墓の可能性を指摘されています。勾玉などを副葬品と考えますと、出土場所が墓である可能性はあると思います。ただ、この場所の南側の環濠付近に墓域がありますから、この墓域に葬らずに特別に環濠の中に墓を造ったとすれば、よほどのことだと思います。そこで、昨夜爆睡しながら考えましたのは、居住域と祭祀空間を結ぶ最短距離の線上にこの場所があるということです。このことを重視しますと、居住域から祭祀空間へ向かう時、川を渡河する場所がこの地点だったということが考えられます。この川には居住域と祭祀空間を区画する意味があったとすれば、川には橋をかけていなかったと思われます。そうしますと、祭祀空間に行くために川に足を漬けて川を渡ったと思われます。そこで、川底を乱したり身体を水に入れることなどから流水が持つ霊力を乱して低下させますから、これを恐れて霊力を復元するために勾玉などを沈めて祭祀を行ったものと考えることがでます。あるいは単に渡河場所の水霊、水神を祀ったのかもしれません。勾玉が出た場所を川と想定しますと、以上のように渡河点ということが考えられます。この考えはどんなものでしょうか。


[33] メールありがとうございます 投稿者:かずちゃん 投稿日:2016/05/01(Sun) 23:16  

渡邉さん、下鈎遺跡の勾玉・管玉の情報ありがとうございました。川の真中化それとも墓域か、個人的には墓域のような気がします。それにしても、古代の野洲川の流れは気まぐれで、昭和の放水路の改修まで人々の暮らしを脅かしたり遺跡を壊したり。多くの恩恵をもたらしてきたことも事実ですが、古代史ファンにとっては悩ましい存在です。


[32] 連絡です 投稿者:渡邉 投稿日:2016/04/30(Sat) 21:43  

和歌山県の渡邉です。昨日はありがとうございました。
「ゲストブック」と「ご用の方はinfomyk@yayoiken.jp」を勘違いしまして、「ご用の方は…」の方にコメントを送ってしまいました。まことにすみません。「ご用の方は…」の方を見ていただきたく思います。よろしくお願いいたします。


[31] Re:[30] 滋賀Web大賞2016へ応募されませんか? 投稿者:ヒロ 投稿日:2016/02/19(Fri) 11:07  

梶本さん

Web大賞の情報をありがとうございました。
今回書き込みをしていただいた「伊勢遺跡」ホームページは昨年、滋賀Web大賞に応募し、最優秀賞をいただきました。

今年は、新たに制作した「野洲川下流域の弥生遺跡」ホームページで応募しようと考えています。

このホームページでも水彩画の絵をいろいろと使っています。
先日、原画展を開催したところ多くの方々に来場いただき、好評でした。

今後ともご支援よろしくお願いいたします。



[30] 滋賀Web大賞2016へ応募されませんか? 投稿者:守山市秘書広報課 投稿日:2016/02/18(Thu) 13:00  

日ごろは何かとお世話様です。
守山市の秘書広報課の梶本と申します。
早速ですが、3月15日までの表題大賞の募集をしています。
手書きの図がデジタルの時代に特徴的で、
ご応募の検討をと、参考まで

http://shiganet.shiga-lg.jp


[29] Re:[28] 無題 投稿者:ヒロ 投稿日:2015/09/19(Sat) 21:43  

nobunobuoguoguさん 

今回の投稿ありがとうございました。
歴史のことをいろいろ調べていらっしゃるようですね。
弥生時代の歴史で何か知見、ご意見ございましたら、また、お立ち寄りください。


[28] 無題 投稿者:nobunobuoguogu 投稿日:2015/09/19(Sat) 01:51  

伊勢遺跡の発掘及び今後の調査に期待しております。

現段階では、邪馬台国との関連は、高いとは言い難いとは思います。

邪馬台国の比定結果は、多くの方の信仰、宗教的な拠り所でもあると考えておりますので、
慎重な調査分析をお願いいたします。
また、結果によっては、この国の歴史観を変えてしまう恐れがあることもあると考えます。

どうもありがとうございます。




[27] Re:[26] [25] [24] [23] [22] [21] 伊勢遺跡は、大変興味深いです。 投稿者:ヒロ 投稿日:2015/09/18(Fri) 07:55  

お尋ねのあった件についてご連絡します。

平安時代の新田開発についていは、とくに調べておらず知りません。

邪馬台国の場所の比定については、江戸時代から諸説が出されており
歴史学者のみならず郷土史家、中国史家、歴史愛好家が自説を
発表し、書籍を出されています。
最近は科学者が科学的観点からの裏付けをした説なども出ています。

このホームページは出土した遺物・遺構の紹介とその分析結果と
考古学的事実から推察されることを発信しています。
伊勢遺跡の祭殿群は卑弥呼擁立との関わりを伺わせるものですが、
邪馬台国との関わりまでには距離があるため触れないことにしています。


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